今回は、江戸期の繁栄をもたらす塩田が広がっていた、行徳駅の海側を歩きます。地下鉄東西線開業(1969年)当時の周辺には水田が広がっていたため、駅に靴の洗い場があったとか……
駅から海へ向かうまっすぐで少し下る道には(リンク先は当時の様子がよくわかる)、茅ヶ崎のような海辺の町の空気を感じます(茅ヶ崎には砂丘の起伏がある)。一帯は塩田から転換した水田やレンコン畑(湿地)を埋め立て区画整理したので、港などの構造物は無いはずですが、行徳に2箇所、南行徳に1箇所キレイな弧を描く道路があります。行徳は交通公園と小学校(上)、南行徳は小中学校に面しているので、区画整理でしゃれっ気を演出したかったのではないかと。
交通公園の隣にあるイスラム教のモスク(行徳ヒラー・マスジド:スンニ派)には、男女別々の入口があり、1階女性用、2階男性用礼拝所とされるそうです。
福栄スポーツ広場・いこいの広場は、千葉県江戸川第二終末処理場(下水処理場)の上部に整備され、広場・公園・グラウンド(休止中) 等があります。
上は野球場のバックネット裏に咲く梅で、一般的にはボールが見えにくい 等の理由から、ネット裏に花が咲く樹木は見かけないため気になったもの。その足元にある花壇はキレイに手入れされているので、園芸係の目線で「木が欲しい」と植えたのではないかと。 公園には池(整備中)や盛り土の起伏もあり、高い木々も育ちますから(右)、駈けまわる子どもを見守る親もまったりできそうです。
右は、宮内庁の施設とされる新浜(しんはま)鴨場の運河に放置されるポンプ(?)。皇族方が賓客接遇として、伝統的なカモ猟を紹介する施設で、地元の方のみ抽選で見学会に参加できるらしい。閣僚、国会議員 等も招かれるらしいが、近ごろはあんな連中を接待する必要はない、と思う人も多いのではないか。
天皇が皇后にプロポーズした場所とされるように、鴨場には身を隠す場所が必要で外部からのぞけませんから、絶好の場所だったようです(ゆえに写真はありません)。
隣接地にある行徳湿地(鳥獣保護区)も、野鳥保護のため立入が制限されています(普段歩ける場所も現在休止中なので、関連写真はナシです)。
右は鴨場近くの畑で、素人目に大根たちは「抜いてくれ〜」の主張に見えますが、まだ早いの?(ところどころ収穫済みなので、見捨てられた訳ではないと)。
周囲は宅地に囲まれますが、鴨場のあるおかげで耕地も存続できる面もありそうと。前回イチゴ狩りの案内を目にした記憶があります。
以前、田んぼの中にまっすぐ伸びていたのは鴨場に向かう道で、そんな光景に遭遇したら「この先には何が?」と、きっと足を運んだことと。誰もいないと思う場所でも、釣り人はいたりしますが、さすがに遠浅の湿地にはいなかったのでは……
首都圏(4都県)の緊急事態宣言延長
これまでと同じ対策だけで、新規感染者減少につながるか疑問ですが、医療提供体制のひっ迫度はある程度改善されると思うので、現状維持で耐えることが、最善の道ではないかとも。飲み屋には酷でも、時短営業継続に安堵する人が多いのは、酒が入ると話し声が大きくなるとの指摘に、身に覚えがあるからではないか。
ですが2週間後には桜が開花しそうですから、社会全体の新たな制御が必要になりそうです。
東日本大震災から10年
一般的な事柄に対しては「もう10年」と感じることが多いが、本件については「まだ10年しか経ってない?」との印象を受けます。
当初から10年はかかると思われた復興ですが、被害が広範囲だったこともあり、まだ基礎工事が済んだ程度ではないかと。国民の関心は離れていませんが、世間には10年を区切りと見る向きもあり、幕引き・フェードアウトへの動きに対しては、抗議の意思を示す必要がありそうです。自分なら、インフラを整備してくれれば、あとは自分たちでやるから「金だけ貸してくれ」と言いたくなりそうですが、原発による被害を受けた地域は、お金で解決できる問題ではありません……
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