2018年8月27日月曜日

伝説の目撃者は?──海神

2018.8.11【千葉県】──伝説の地を歩く

 西船橋と船橋の間に「海神:かいじん」という地名があります。ずっと気になっていたので、その周辺を歩きました。




 「海神」から想起するのは、ギリシャ神話のポセイドン(海と地震の神)ですが、日本ではワタツミ(神話の海の神)龍(水の神)になるのか。
 地名由来の伝説について船橋市ホームページには「日本武尊(やまとたけるのみこと)が、当地へ賊徒平定にやって来たとき、海上に光り輝く船があった。近づいてみると、柱に神鏡がかかっており、それを浜に持ち帰り、祀った場所が海神である。」とあります。
 以前、付近の海に面した地に西海神村と海神村があり、双方とも伝説の地として譲らなかったのか、西海神村では当神社が伝説を祭る社とされます。
 境内には現在も湧水による池があり上の龍が鎮座します。



 一方の海神村では、右の入日神社を伝説を祭る社とします。どちらの社にも海に向かう参道があったそうですが、JR総武線が通され双方とも面影はありません。
 意富比神社(おおひじんじゃ 通称:船橋大神宮)が現在地に移設後、跡地に当社が祭られたと伝わります。
 ヤマトタケル(生年不詳 - 景行天皇43年)は、熊襲(くまそ:九州南部のヤマト王権抵抗勢力)征討、東国(関東、東海、甲信地方)征討を行ったとされる伝説的英雄。
 奈良を都とした大和政権が、日本平定(東北以北は含まず)を啓蒙するために設定したヒーロー像とすると、分かりやすいかと(神々を平定したとの記述らしい)。
 日本書紀に始まる系統立てられたストーリーが求心力となり、国をまとめたとすれば見事な戦略と言えそうです。

 丘陵地の海神山周辺は見晴らしのいい高台で(以前は東京湾や富士山が見えた)、京成線 海神駅開業(1919年)から別荘地化が進みます(付近に宝塚遺跡がある)。
 ところが、周辺に陸軍施設が作られ将校等が多く居住したため、朝の迎えの軍靴(ぐんか)の音、馬の蹄の音、サーベルの音等が響いた様から、将軍山と呼ばれたそう。
 当時民間地の軍用地への転換は命令ですから、周辺の開発も一方的に進められたのではないかと(京成電鉄もかなりプッシュしたように)。
 現在は船橋に近い閑静な住宅街として、暮らしやすそうな環境に見えます。右も入日神社。

 右は、西葛西埋め立て前の海を通された架空送電線 江東線の延長上にある鉄塔で、埋立地沿いに火力発電所や工業地帯を結ぶのではなく、新京葉変電所(江東変電所へ向かう鉄塔 江東線、新豊洲変電所までを地中線で結ぶ新豊洲線の起点)に向かい、都心環状ルートに接続します。
 新京葉変電所の先が、福島や新潟(柏崎)原発からの電力供給幹線ルートになりますが、原発停止中の現在は、水力・火力発電所からの電力を、需給バランスを取りながらルートの切り替えをしているらしい。
 それでやりくりできるのであれば、再生可能エネルギーの実用化まではそのまま継続して欲しい! と思うのは、わたしだけではないはずと。




 縄文時代早期(約7000年前:縄文時代で一番暖かい時代)の遺跡を整備した公園にある博物館。
 南向き傾斜地のヒルトップに位置し、日当たり・見晴らし抜群で植生も豊かだったと思われ、人が集まり集落が形成されたことも、自然の摂理と言えそう。
 暖かい時代(極地の氷河が溶け海水面が高かった)は海神山との間が海の入江だったとすれば、快適なヒルズライフだったように。

 そんな時代から人が棲む土地ですから、本当にヤマトタケルがこの地を訪れたとしたら、きっと目撃者がいたと考えたくなります。ですが彼は、東国征討にやってきたわけですから、地元民は討ち果たされてしまったのか?

 一枚上は、博物館で開催中の縄文アートの展示物で、芝の刈り方も作品の一部らしい(伸びかけで分かりずらいか)。
 右は住居跡に貝塚を再現したもの。

2018年8月20日月曜日

木々に囲まれた動物園──千葉_5

2018.8.5【千葉県】──JR総武線を歩く_14

 仕事で付き合いのある千葉在住の方に「動物園があります」と誘われ足を運ぶことに。千葉駅からモノレールで15分程度の立ち寄りやすい地にあります。



 1985年に開園し、霊長類の飼育や絶滅危惧種等の繁殖に力を入れ、国内初の繁殖実績をいくつも持ちます。
 猛暑日に動物の姿は見られないと分かっているのに、動物園訪問は夏に多い気がします。ところが動物たちは元気で、日陰を選びながら動き回る姿が多く見られます。日本産のわれわれがバテバテなのに、湿度の高い暑さに適応できるのはスゴイ。
 動物園のジレンマである、見学者が求める視認性と、動物が過ごしやすい物陰(日陰)設置の解決策として、見学路や各動物の運動場を木々で囲む対策が取れらます。そのおかげで、お互いに日差しをを避けながら動き回ることができます。ゾウ、キリン、ライオンの運動場は開けているため、ライオンは日陰で寝ています。

 この日は暑さを避けるため少し遅めに訪問するも…… この夏は夕方まで気温が高いと感じませんか?
 3時を過ぎるともう夕食時間のようで、室内で食事する動物たちは、早く部屋に入れろと入口の前で待っています。外で食事をする連中のモリモリ食べる姿は一興ながらも、食べることに夢中で顔も上げてくれません。
 彼らの食事が終わってもこれから夜行性の動物もいるので、飼育係の仕事は大変そうと(宿直も必要)。TVで目にした親の代わりに幼い動物を育てる方は、人間の子供以上に神経を使うように見えましたし、繁殖を成功させるためには、やはり愛情を持って接する以外ないように。


 野生のキリンには逃げ足が速い印象がありますが(時速50〜60km)、動物園で生まれ狭い運動場で育った子供たちは、果たして秘めた能力を発揮できるのだろうか? と思ったりします。
 繁殖等による動物園間移動はトラックで運ぶようで、体長5m近くある動物を運ぶ際のキリン輸送レポートから苦労がうかがえます。輸送中に首を出し陸橋に頭をぶつけて死亡した事例があるらしく、それを防ぐためには移動中もモニタで観察する必要がありそう。
 動物たちには迷惑でしかないが、ゾウやライオンの姿と同様、初めて実物を目にした時のインパクトを、子供たちにも感じさせてあげたい気持ちを抱きます。

 フラミンゴは、生息地のアフリカ グレート・リフト・バレー(大地溝帯)にある、強アルカリ性の湧水が流れ込む塩湖で発生する藍藻(らんそう)をエサにするため、羽の色はその赤色に染まるとのこと。動物園ではエサに色素を添加する(体に悪そうな響き)らしい。
 明るい色彩の動物は少ないので動物園側の気持ちも分かるし、フラミンゴ側にも色の鮮やかさを競う意識があるとすれば、よろこんでいるかも……

 下のアシカの子供は盛んに母を呼ぶも、母は知らん顔で泳ぐため覚悟を決めて水に飛び込みます。結局母に近づけず引き返すもなかなか岸に上がれません。これが親から与えられる試練なんでしょうね。


 下は二足立ち姿がブレイクしたレッサーパンダの風太(この動物園にいるとは知らなかった)。注目されたのは2005年で現在は15歳(人間だと60〜70歳)。生後間もなく母親にしっぽをかみちぎられたため、しっぽが邪魔にならず背骨を反らすことができたとされます。
 人気者の特権か、暑さ対策で表の小屋にはクーラーが設置されるらしく、なかなか小屋から出てきません。
 彼のような人気者が生まれないと小規模な動物園の運営は厳しいかも知れません(この日はガラガラ)。
 右は精悍な姿のオジロワシ。

 動く動物をパシャパシャ撮っていたら、カメラの「メモリカードがいっぱいです」となり本日終了です。



追記──猛暑の夏でも耳にしない「電力不足」

 猛暑が続くも電力不足による節電の呼びかけを耳にしません(以前はエアコンの効いた部屋で高校野球を見ている時間帯が電力需要のピークとされた)。その背景にあるのは「原発はいらない!」とする、利用者側の抗議ではないかと受け止めます。
 政府は「省エネを呼びかけた成果」としても、利用者側は「原発に賛成した覚えはない」のに、「廃炉費用の利用者負担」を押し付けようとする政策に対する「NO !」の意思表示をし、「原発はなくても大丈夫」の実績を突きつけたことになります。

 ちなみに現在の課題は、夜になっても暑くエアコンを使用する家が多いため電力需要は減らないが、太陽光発電は日没で停止するため、その落ち込み分をどう穴埋めするかとのこと。そういうところにこそ人の知恵を使うべきと。

2018年8月13日月曜日

台風が夏らしさをもたらす──千葉_4

2018.7.29【千葉県】──JR総武線を歩く_13

 この日降り立った京成千葉線 千葉中央駅は、京成津田沼駅で成田空港方面へ向かう京成本線から分岐したローカル線的な存在。ドル箱の成田詣で客を運ぶ本線よりも開業は早かったが(1921年:大正10年)、現在JR総武線、京葉線に挟まれ、都心へのアクセスでは白旗の様子。




 駅周辺に散見されるにぎわいのなごりから、名称同様に京急線 横須賀中央駅(隣の汐入駅周辺へ若者が流れつつある)を想起しました。
 駅ビルの映画館は2002年リニューアルするも、昭和感漂う京成ローザ(別館?)入り口には昔の名前で出ていますの印象がありますし、上のボーリング場にはゲームコーナーが健在だったりします。ガキ時分よく近所のボーリング場にピンボールしに行ったっけ……
 そんな施設が健在な場所柄との表現で、周辺の雰囲気は伝わるのではないかと。




 千葉市中央卸売市場跡地に1991年千葉ポートアリーナ(体育館)、93年千葉ポートタウン(商業施設+オフィスビル)等がオープンしますが、不便な場所ゆえ人出もまばらで商売にならんだろうの印象の通り、運営元が転々としたそう。
 開き直りの成果か、ポートタウン1F日本いいもの物産展の一角にある、3minutes kitchen(ご当地カップラーメンが食べられる)は盛況で、目にしたことのないカップ麺を並べるディスプレイは華やかに見えたりします。また、階上のエアーガン使用可の劇場型サバイバルゲーム場では、戦闘準備を整えたチームが作戦会議を開いていますし、その上階のビュッフェレストランは付近では珍しいようで結構人気があったりと、集客は企画次第を見事に実現しています。上は、バーチャルリアリティゲームマシン。




 1974年開館の美術館で、千葉県ゆかりの美術家作品を中心に展示しています。
 平屋建ての展示室はむかしの学校の教室が並ぶようで、そこから感じられるゆとりは埋立地の立地によるとしても、建物もアートの一部とするコンセプトらしい。上は、屋外に展示される彫刻。
 変則的な動きの台風のため、台風一過の安定した晴天とはならず、玄関付近で急な通り雨に遭いましたが、「これが夏らしさだよなぁ!」とうれしく感じながら、まったりと雨宿りしていました。




 1986年千葉県民500万人突破記念としてオープンした港湾緑地で、付近は千葉港発祥の地。
 砂をまいて人工海浜を造成しますが、船の航行等により砂は流されるばかりで供給されないため、ふなばし三番瀬海浜公園の潮干狩り場のような泥の浜となり、訪問者の楽しみは貝探しにシフトしたようです。
 千葉港内ですから対岸にはコンビナートがあったりします。小さい子供を海辺で遊ばせるにしても子供は何するか分からないので、ここを選択すべきではないように。


 台風が通り過ぎたばかりで不安定な天候ながらも、モリモリわき上がる入道雲やにわか雨こそ夏らしさと、淡々と続いた猛暑日の異常さを再確認します。
 千葉ポートタワー(上)のミラーボディに映る雲の様子は逆万華鏡のようで、背景に広がる雲の動きとの組み合わせは飽きることがありません。展望室からの眺めは千葉港ビューが目的のため、船の出入りが少ない日に特段の目玉はありませんが、この日は流れの速い雲に目を奪われます。
 これまで東京湾沿いに連なる広大な埋立地を歩き、埋め立て前の千葉県は平坦地が狭く工業化に乗り遅れる焦りを抱いた様子が理解できたので、まだこの先の埋立地にもコンビナート群が広がりますが、この辺でよかろうかと……



 千葉の港の埋め立ては、江戸時代の寒川港(佐倉藩の御用港)に始まり、ほど近い明治時代の埋立地に出州港(でずみなと)が作られ(本千葉の名称ルーツは港だったようです)、現在の千葉港が形成されたのは高度成長期以降になります(国道16号付近が旧海岸線)。
 千葉市役所や本公園周辺の埋め立ては準工業用地基準のため、インフラ整備が後手に回った上、東日本大震災による液状化で道路、下水道などが甚大な被害を受け、慌てて整備し直したようです。
 公園のデザインはキレイでも(著名な方?)、猛暑日に欲しい日陰のベンチがありません。右のオブジェから想起した人造人間キカイダー(リンク先YouTube)では、サイドカーがカッコよく見えましたっけ。

 千葉都市モノレールは基本的に道路上を通されますが、千葉駅周辺ではセンシティと京成千葉駅の上を通過します(奥は千葉そごう)。この未来都市のような構造に、酔いたかったんだろうなぁ。
 懸垂式モノレールは運転席をのぞいても、空が見えないため開放感はなく、高い場所を通っても多摩都市モノレールのジェットコースターのような迫力が感じられません。


追記──翁長沖縄県知事死去

 前知事仲井眞さんの、米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設に向けた埋め立て承認も苦渋の選択でしたが、もう無理だろうという状況下で抵抗し続けた翁長さんの信念こそ、沖縄県民の願いを代弁するものだったと。
 翁長さんには、お疲れ様でしたと共に、必ず意志を継ぐ人が現れますからこれからも応援してください、と……

2018年8月6日月曜日

インスタ映え企画?──千葉_3

2018.7.21【千葉県】──JR総武線を歩く_12

 この日はJR総武本線 東千葉駅(千葉駅の隣)から歩こうと千葉駅で時刻表を見ると、この先は土曜昼間は15分に1本のローカル線扱いですし、繁華街から5分程度の距離で町外れ感が漂う様子に、小ぎれいな地方の県庁所在都市を想起しました(怒られそう……)。



 神社なのに竜宮城のような派手な色使いで、毛色の違いにとまどいます。千葉氏守護神の妙見菩薩を本尊とする千葉妙見宮として建立され、明治の神仏分離より神社となるも、妙見菩薩天之御中主大神は神仏習合で同一とされた経緯から、妙見信仰の神社とされます(よく分からん)。
 妙見信仰とは、北極星を神格化した妙見菩薩(仏教の帝釈天、大黒天等と同様の天界に住む護法神)に対する信仰で、他でも妙見堂の施設を目にした記憶があります。
 関東の歴史で避けて通れない平将門は、北斗信仰(妙見菩薩)の加護を受け関東を平定したとされるが、漫画『北斗の拳』のケンシロウのようとすれば興味を抱けるか?
 カラフルな下の御幣(ごへい:五色の紙は可らしい)には落ち着けない印象を受けますが、この明るさに将来を託したい人が集う神社らしい。




 中央区役所との複合施設で、空襲で焼け残った旧川崎銀行千葉支店の建物をビルで覆う、さや堂方式中尊寺金色堂旧覆堂等)により保存と新設を実現します。
 内側の建造物を覆う壁の外観はチェルノブイリ原発の石棺のようと(大変失礼!)。
 右の、さや堂ホールとして歴史的構造物が保存される区域は、コンサート会場にも利用されます。音は響きそうだし、柱をあじとして受け止めれば楽しめそうな空間に見えます。ドラマ等の撮影には絶好ではないか。
 開催中の展示にピンとこなかったが、日本画を多く収蔵する美術館なのでいずれゆっくりと。



 2007年開館のいまどきらしい参加体験型の科学館。
 右は、夏の特別展「ミラーマジック~鏡の世界は不思議がいっぱい~」の様子で、床の絵にはいつくばる姿を鏡で壁のように映し出したもの。
 インスタ映えを目指すカメラマンからの様々な注文を受け、演ずる側もその気になっているのでそれらしく見えます。
 鏡を使いマジックのように見せる様々な展示では、鏡の前で親子が踊るような姿も見られ、おやじもはしゃげる企画(?)のようです。
 ガキ時分に、向ヶ丘遊園のミラーハウスだったか? 鏡の迷路が結構好きだったことを思い出しました。

 右の巨大なスズメバチの巣のような構造物は、球形状のプラネタリウムの底部分。
 ここでは、光学式の恒星投影機と、CG映像を映し出すデジタル式プラネタリウムを同時に使うハイブリッド方式を用い、ポケットモンスターやティラノサウルスが登場するプログラムを上映しています。
 以前のプラネタリウムは、前回見学した城郭建築の千葉市立郷土博物館にありましたが、利便性からもこちらの方が利用者は増えたことと。
 展示空間にゆとりがあり、考えさせる展示が多いことも人気の理由らしいが、こちらとしては、屋内で涼めたことが何より助かりました。
 Qiball(きぼーる)とは、希望のボールという意味で、「Q」は球形のプラネタリウムを表すそう。




 千葉都市モノレール1号線は、千葉みなと駅(JR京葉線駅&千葉市役所)〜県庁前駅 間を結ぶ、ルート設定の動機が分かりやすい路線。
 現在の森田健作知事は、若い時分のドラマでは熱血漢を演じていましたが、議員になっても一本気な性格からトラブルメーカーだったようです。
 知事になってからの、アクアライン通行料値下げ(暫定措置としてETC普通車800円)は功を奏し、木更津市では人口・税収の増加、住宅地基準地価の上昇などの経済効果を生みました。県の負担は増えても地域活性化への決断こそ政治力の見せ所と。
 県庁・JR本千葉駅(ほんちば)周辺の旧中心地には古びた建物が多く、「本千葉」の名は単なる名誉だけで、県庁お膝元にもかかわらず活気は戻らないようです。


追記──花火に誘われたのか……

 8月1日開催の江東花火大会(江東区主催 荒川が会場)の様子が、玄関前の廊下からバッチリ見えました。引っ越しは昨年8月末なので、花火大会の存在を知りませんでした。
 わたしはこれまでも、高島平で戸田橋花火大会、武蔵小杉・新丸子で多摩川花火大会(昨年の被害から今年は豪雨・落雷を避け10月開催)、田町で東京湾大華火祭(東京五輪選手村建設工事のため2015年で休止)等、自宅から花火を眺められる場所に暮らしていたため、知らないうちに花火に誘われこの地を選んだようにも……
 どれだけ暑くても、花火を眺めている間は夏の風情を実感できますから、季節の催しを楽しませてもらいました。

2018年7月30日月曜日

最強のインパクト──千葉_2

2018.7.15【千葉県】──JR総武線を歩く_11

 この日は、JR京葉線 蘇我駅(遠いイメージを体感したかった→実際遠い!)からバスに乗ります。地名から飛鳥時代の蘇我氏を想起するように、大化改新で暗殺された蘇我入鹿(そがのいるか)の弟が暮らした説があります。内房・外房線はここから分岐します。




 企画展示「恐竜ミュージアム in ちば」の宣伝を目にし足を運びます。
 特段の恐竜好きではないが、岩の中から化石を発掘する作業者って、およそ1億年前のタイムカプセルを解き放つよろこび+緊張感でシビレまくりそうと。
 子供には見た目のインパクトが重要なため、迫力ある展示に腐心しているようですが、どんな工夫もティラノサウルスの歯のインパクト(上)にはかないません。大きな牙が並ぶ様に「これぞ恐竜」のイメージを持つ人は多いのではないか。
 千葉県が自慢したい「チバニアン:地球地磁気の最後の逆転(理由は未解明)が記録された地層」(正式決定は来年?)の説明には工夫が感じられるも、これで伝わるかなぁ?




 ここは、日本の畜産技術研究発祥の地とされる農林水産省畜産試験場(1917年:大正6年)跡地を整備した公園で(1987年)、上記の中央博物館、芸術文化ホール(この日もコンサートが開かれていた)、西洋庭園(上)、彫刻の広場(右)や各種グラウンドがあります。

 猛暑日に近い暑さなので、庭園や広場に人影はありませんが、木陰でうごめく群れが見え隠れし、皆スマホをのぞく様子から、付近には恐竜ならぬモンスターが潜んでいそうと。ハンターの方がゾンビじゃないかとギョッとしますが、暑い中でも公園まで足を運ばせる力は、引きこもり対策の参考になりそうと。



 これまで千葉の地名は、地方豪族 千葉氏(桓武平氏)のゆかりと思っていたが、「葉が多く重なる→千葉」等の説がある地名を豪族が名乗ったとのこと。
 寺の始まりは709年とされ(712年 古事記の時代)、桓武平氏ルーツとされる桓武天皇(737年〜806年)より古い。
 千葉氏居城に近いため祈願所とされ、境内にある瀧蔵神社(右)の賽銭箱左側には千葉氏の紋があります。
 寺のシンボル大イチョウの下で、年配の団体がスマホを手にオリエンテーリングのようなことをしており、寺をテーマとしたアプリで遊んでいるようにも(その正体は不明)。
 最寄りの京成千原線の駅名は「千葉寺:ちばでら」。



 現在の千葉大学は、旧六医科大学とされた旧制千葉医科大学から1949年国立大学とされます。
 近頃、CT画像見落としの医療ミスで患者が死亡したことから、過去の同様ミスが報告されます。診療科間の情報共有に問題があったとされるが、それでは何のために総合病院で診てもらうのか? ってことになります。紹介状なしで大病院にかかる際の特別料金って何のため?

 キャンパス内外にある七天王塚は、牛頭天王を祭るもので上空から見ると北斗七星の形に配置されるそうで、平将門(生誕不詳)が信仰していた妙見信仰の象徴。付近は将門(桓武天皇の子孫)が暴れまくった地域なので、今後頻繁に登場しそうです。




 千葉市中心街の南東にある、亥の方角(北西よりやや北寄り:北西微北)に突き出した台地の亥鼻(いのはな)に、千葉氏の城(亥鼻城、千葉城)が築かれ、敷地と思われる周辺に城郭建築の郷土博物館(上)、千葉大学医学部(一枚上)および千葉大学医学部附属病院等があります。
 天守からの見晴らしはいいが建物ばかりなので、火の見櫓には適していそうと。
 右は中央博物館で模型を目にした、1879年(明治12年)創立の日本基督教団千葉教会

 飛行機の音が頻繁なのは成田空港が近いためと思っていたら、羽田空港への着陸便とのこと。西葛西も乱気流等の回避経路らしく、時折真上を通過することがあります。どちらも騒音レベルではないにしても、千葉市民にすれば迷惑に違いないと……


追記──台風が過ぎて感じる夏らしさ

 猛暑、豪雨に加えての台風でしたが、台風が過ぎてようやく普段の夏らしさを感じたのは、青い空に湧き上がる入道雲を目にしてからと。気象庁が「災害と認識」したのは突発的な暑さに対するものですが、季節感を乱す異常気象を「災害」とする判断は、われわれの基準と同じように。
 様々な東京五輪2年前イベントが開かれるも、2020年の夏がこの状況としたら、オリンピックをやってる場合か? とも。以前にも猛暑五輪の記憶はあるが、台風が来たらどうするのだろうか? いずれにしても観客は、サバイバルな状況を覚悟する必要がありそうと……

2018年7月23日月曜日

土地が町を育てる──千葉_1

2018.6.30【千葉県】──JR総武線を歩く_10

 JR千葉駅は、内房線、外房線、成田線、中央・総武線各駅停車のターミナル駅で(総武本線は銚子へ続く)、成田線のホームに降りてみると、発車ベルが鳴り終わっても駆け込む乗客を待つ駅員の姿が見られます。これで発車だろうと思った頃、おばちゃんが「すみませ〜ん!」とゆっくり階段を降りてきても、転ばれたら困るのでもちろん待ってあげます。
 そんな情景から、運行本数が少ないローカル線ターミナル駅の役割と、千葉市の土地柄を同時に理解できたように……


千葉駅 エキナカ「ペリエ千葉


 2016年部分開業し、2018年6月グランドオープンしたばかりのエキナカ施設にはスーパーも入っており、ローカル線の待ち時間にエキナカで買い物できるのも千葉駅らしさと(地元住民は値段が高い認識を持つそう)。
 駅周辺施設をリニューアルしたせいなのか、一帯は大雨で何度も冠水します。改修したとしても、これからも局地的な豪雨は増えそうですから不安は続きそうと。



 懸垂式が選ばれたのは、急カーブの道路上を通すためで、同方式モノレールとしては世界最長とのこと。
 複線のため路線が分岐する右は(1号線 千葉みなと〜県庁前、2号線 千葉〜千城台)、4本の軌道が車体を含む高度差で交差するため、かなり巨大な構造物に。
 同じ懸垂式の湘南モノレール(登坂時に力強さを感じる)は単線のため車両基地への分岐はフラット。跨座式の東京モノレールは電車のようなポイントで分岐可能。
 過密ダイヤを可能とする立体分岐はマニアがよろこびそうですが、ちょっとお金を掛けすぎのようにも。1979年運営会社設立という経緯から、浮かれた時代に計画された情景が想像できます。



 田町で暮らした時分、電話で住所を伝える際に発音のせいか「みなとく しば」が「ちば」に聞こえるらしく、2度聞き返されたことがあり「芝公園の芝」と説明したことを、この公園名を目にして思い出しました。まさかこの付近で「千葉公園の千葉」と説明する人はいないだろうと。
 右の照明設備は年代物に見え、電源設備等の理由で旧式のライトしか使えず管理費がかかりそうに。
 1949年完成の掘り下げ式の球場で。1955年までプロ野球公式戦が行われたそう。下の入場口は当時の姿か? 神宮球場のようで、ライトに照らされまぶしい芝を初めて目にし、夢の世界と感じたことを思い出しました。




 近年集客力、車券売上が急速に低迷し、老朽化に伴う修繕費の財源確保が困難なため、国際規格の周長250m(現在500m)の、屋内木製トラックを備えた多目的競技場(仮称 千葉公園ドーム)に建て替え予定とのこと。きっとその方がウケそう。
 競輪場は初体験ながらコーナーの傾斜が緩く見えたのは正しいようで、コーナーでスピードが上がらないため、直線で仕掛けるしかないバンク(自転車競技用のトラック)らしい。
 父が競輪をやっていた時分、たまに勝つと「寿司食いに行こう!」と、あぶく銭をふるまっていましたが、それが楽しみだったようにも。ギャンブルしか娯楽が無かった世代も高齢化し、公営ギャンブルが存続の危機とされるのも時代の流れかと。
 父の納骨、一周忌、初盆を終え、とりあえず肩の荷が下りたように……




 ここは千葉市立公園で、陸軍鉄道第一連隊跡地に、野球場、プール(この日がプール開き)、体育館や綿打池(上・右・下)が整備されます。
 新京成線(京成津田沼駅〜松戸駅)は、陸軍が演習用に敷設した線路が払い下げられたように、周辺の丘陵地には多くの軍事施設がありました。
 上の蓮華亭は、ちょうど咲いていたオオガハス(1951年大賀博士が発見した2000年前の古蓮で、検見川の大賀蓮は千葉県天然記念物)を眺められる資料館。
 売りはハスだけでも、市民の憩いの場として親しまれる様子がうかがえ、市民公園としての役割は果たしているように。
 営業終了後にボートを池の中に係留するのは、以前いたずらされたためか?



追記──無尽蔵とも思えるエネルギー!

 ここ数週間近所の江戸川区球場では、夏の甲子園大会の予選が行われており、応援とブラスバンド演奏が球場周辺に響き渡ります。暑さでヒーヒー言ってるオヤジとは別次元に生きる若者たちが備える、青春エネルギーに限界はないのでは? と感じるようになりましたが、当時は本当にそう思っていましたっけ……
 暑い夏に若者たちの熱さから勇気をもらう日本独自の文化ですが、くれぐれも熱中症にはご注意ください。

2018年7月16日月曜日

夢を抱かせてくれた──幕張_3

2018.6.24【千葉県】──JR総武線を歩く_9

 幕張メッセに通い始めた時分は千葉方面に暗かったため、JR京葉線 東京駅(現在 有楽町駅から改札外の乗換えが可能らしい)から「舞浜って近いんだ」と感じるも、各停だとその先が遠かった印象が残っています。




 1989年開業なのでもう30年になるそうです。
 以前はコンピュータ関連の展示会に足を運び最新技術を見聞しましたが、当時は大型機種からの技術移植のため大仕掛けで、パソコンレベルの製品でも高価でした。
 そんな壁を崩したのが、インターネットの一般ユーザーへの普及で、パソコンの自宅利用が増えたためネットワーク機器から安価な製品が出始めました。
 当初は東京国際見本市会場の代替とされ、幕張新都心開発の旗印とされるも、パシフィコ横浜(1991年)、東京国際展示場(1996年)開業により都心回帰が進みます。
 ですが、この日も開かれるライブや、アニメ等のイベント(コミケってやつ)により、2016年最高利用数を記録したそうで、サブカルチャーイベントのメッカとされるのも悪くなさそうと。




 うわさには聞いていたが敷地面積が広いため、買い物目的が無い者は店内を歩くことに飽きてしまいます。
 仕事柄蔦屋書店を見学するつもりも、日曜のせいか人が多く(書店ってこんなに人が集まるの?)あまり歩けなかったが、この集客は企画力によるものと感心させられます。本は生き物なのに、出版社側も、読み手との間をつなぐ書店も、育てていく意識が弱かったため、読者層の縮小を招いたかも知れないと。


 幕張新都心の開発は、ビジネス街、住宅街、ショッピングモールを近接させるとともに、マイカー利用を前提とした都市整備を目指したようですが、他と同じように駐車場は広くても出入庫で渋滞が発生します(ららぽーとにはその印象は無かった)。
 コストコホールセールの入り口をのぞくも、家族で戦場に向かうような入れ込み様に圧倒され早々に退散しました。会員制のため会費を取り戻そうとするようにも。

 住宅、オフィスビルの建設や、ショッピングモール誘致だけでなく、活気を下支えするためハイテク企業やイオン本社など企業の丸抱え誘致を目指す戦略が功を奏し、街の活性化基盤が整えられます。




 この日は西武戦が行われており、球場の外まで響く歓声の威勢はよかったが、この日マリーンズは敗北。女性ファン(「ロッテ女子」ではチョコ好きのようにも)には一途な印象があったり、ナイスガイの井口監督(悪いイメージを持つ人はいないのでは?)を応援したいと思うが、低迷しています……
 海に面する球場のため、風の影響を受ける映像をよく目にしましたが、上のようにバックスクリーン裏が砂浜ですから、海風をモロに受けるのも当然と。



 幕張メッセで開かれたMacworld Expo/Tokyo(パソコンMacのイベント:1991〜2001年)は、Macユーザ唯一のお祭りなので毎年足を運びました。当時勤務していた週刊誌はAppleと懇意だったのでWWDC(Worldwide Developers Conference)を聴講した際、このホテルのパーティーに参加したことがあります。
 別の機会の記者発表に出席した同僚の女性が、スティーブ・ジョブズに気に入られ、帰途に直接電話を受け引き返して食事をしたそうで、「わがままなおっさん!」の印象は分かる気がします。
 様々な夢を抱かせてくれた施設から思い出がよみがえり、遠くても足を運んだ理由を再確認しました。
 右奥はアパホテル リゾート東京ベイ幕張(旧幕張プリンスホテル)。


 京葉線 海浜幕張駅から地下鉄東西線 西葛西駅(自宅)へは、JR武蔵野線で西船橋駅乗り換えが便利と知り、初めて武蔵野線を利用します(直通 or 南船橋駅乗り換え)。マリーンズファン等で大混雑するも、多くは西船橋で乗り換えます。東西線は混まないので、多くは総武線への乗り換えらしいが、そんな人の流れがあることを初めて知りました。

 京葉線沿線の大規模な住宅街開発には「都心に近い」新浦安駅周辺があるが、町づくりの方針がしっかりしている付近の方が暮らしやすそうに見えます。埋立地なので東日本大震災で液状化被害を受けますが、豪雨被害を受けた傾斜地や川の合流部より「よっぽどマシ」に映るかも知れません。ですが、液状化被害は一度では終わらないらしく、今後も被害が発生する恐れがあります。
 平坦地の狭い国では、安心して暮らせる場所を探すことが人生のテーマのように……


追記──現在の住居での災害対策

 豪雨被害のニュースを目にして、自宅周辺でシミュレートしてみようと。
 現在暮らす部屋は11階なので浸水、土石流の心配はありませんが、西の荒川、北の中川、東の江戸川から堤防で守られるゼロメートル地帯なので、堤防が決壊したらOUT! 排水に時間がかかれば、一週間程度の水・食料の備蓄が必要になります。
 避難する場合も、江東区のゼロメートル地帯の地下を通る東西線がNGとすると、西船橋方面の丘陵地を目指すのか? 考えただけで気が遠くなりますが、それが想像を超える自然災害対策の難しさかも知れないと。


追記──日本人の底力

 7月中旬の連休に、豪雨被災地の支援にボランティアが集結します。
 高温注意情報が出される猛暑日にもかかわらず、汗だくになって家財の片付けや、泥をかき出す姿に、日本人の底力を感じました。被災者が涙を流して感謝するように、そんな姿こそ「カッコイイ!」と讃えたい。
 困った人を目にした際、自主的に手を差し伸べる心を持ち合わせていれば、この国の精神は滅びることはないと、次の世代に伝えられそうです(でも、国が滅びることはあるかも……)。

色あせる思い出──いなげの浜

2021.4.10【千葉県】  ここは埋め立て事業により失われた浜辺を、日本初の人工海浜として復活させたものですが(1976年)、侵食の影響が大きいため保全は大変そうです……  ディンギー(キャビンを持たない小型の船舶)を目にすると、条件反射のように 大瀧詠一「...